広報文化

 
世界最優秀ソムリエ マルクス・デル・モネゴ氏
日本酒に関するインタビュー

(2007年12月17日、エッセン)

丸尾総領事:
貴方は1998年にウィーンのコンテストで「世界最優秀ソムリエ」に輝き、同年に日本で日本酒の利き酒師の資格を取得しました。2003年以来、貴方は「マスター・オブ・ワイン」の称号もお持ちです。日本酒にいつから興味をお持ちになり、なぜ日本酒をテーマとして取り組むことになられたのかご説明いただけますか。


デル・モネゴ:
きっかけは1995年に日本で開催されたソムリエ世界選手権への準備でした。飲み物がテーマになった場合、ソムリエとして日本酒に関して質問されるだろうと思っていたからです。私は当時、ドイツで入手できる日本酒を購入し、いろいろと試飲してみたのですが、日本酒に最初から特別に魅了されていたわけではありません。しかし1995年、ソムリエ世界選手権のため日本を訪問し、そこで日本酒の試飲に参加した際に、私はこれまでとは全く異なる体験をしました。私は、異なった年代、辛口から甘口、まろやかな品質等様々な種類の日本酒を試飲し、新たな、魅力的な日本酒の世界を知ることになりました。上質の酒が含んでいる良質な香りにとても強い感銘を受けました。また、私達は最高級の日本酒だけを試飲しましたが、それらは、ワインと同じように複合的な香りをもたらしていました。日本酒と関連する文化や歴史全体が魅力的でしたが、そこからヨーロッパにおける文化の原動力、あるいは文化を形成する要素であるワインと日本酒との共通点を見出しました。1995年にドイツで購入できた日本酒は特定名称酒(精米度や製造方法において様々な規制が設けられている種類の日本酒)ではなく、発酵させた日本酒にぶどう糖をまぜたもの(普通酒)のみが取り扱われていて、日本酒の宣伝にはそれほど大きな役割を果たすものではありませんでした。


1998年に世界選手権が開催されるにあたって、私は日本酒が再びテーマとして取り上げられると確信しました(1995年の世界選手権では日本人が優勝)。私はこのテーマに一層深く打ち込むようになり、多くの英語文献を読み、日本酒、そしてこの飲み物の歴史的背景についてのより深い知識を得ました。1998年の世界選手権祝勝パーティーで、日本のある雑誌出版社が接触してきて、「酒・スペシャル」という企画を作るために、当時ソムリエ世界チャンピオンであった私を日本に一週間招待してくださいました。私たちは20種類の年代別の日本酒の試飲会に参加し、また、製造過程を注意深く観察することが出来ました。また日本酒に関連する儀式についても学ぶことができました。例えば、新しい酒樽を開けるセレモニーがありますが、これは出席している客に大きな名誉を与えるものです。杉の器で新鮮な酒を楽しむことは磁器の器やガラス製のコップで飲むこととはまるでちがいます。私にとって日本酒とは文化的に大きな価値を持つものです。私たちが西洋文化の中で度々ワインを定義したり、異なる種類のワインやぶどうを比較しますが、同様のことが、日本酒の場合でも当てはまると思います。私にとって、ある国の人々が何を食べ、何を飲んでいるかを知ること、また、それ以上にその国の文化を知り、理解することは非常に重要です。なぜなら、1995年以来、私は日本の食文化にも魅了されているからです。


写真:マルクス・デル・モネゴ氏

丸尾総領事:
日本酒には様々な種類がありますが、その違いについて説明していただけますか。


デル・モネゴ:
まず「普通酒」と呼ばれる、米、発酵したアルコール、ぶどう糖からつくられる簡単な種類の日本酒がありますが、これらが日常的に嗜好品として広く飲まれているものです。「特定名称酒」と呼ばれる上質な日本酒に目を向けてみますと、製造や原料の種類が細かく分類されていて非常に興味深いと思います。特定名称酒においては、米と麹のみで作られる純米酒系と、アルコールを加えた本醸造酒系に大別することができます。この点についてもワインとの比較が可能です。前者には普通に発酵させたワインが、後者にはアルコールを加えたポートワインが該当します。

日本酒の基本材料は米、水、酵母で、これらの良し悪しが最終的に日本酒の品質を左右します。米を発酵させるにあたって、まず第一に精米をしなければなりません。というのも精米度で品質が左右されるからです。日本酒の製造にあたっては米粒の中心部分のみが重要となってきます。価値の高い酒(大吟醸)においては精米後の米の大きさは、元来の半分にまでなります。吟醸の場合は精米度は60%以下です。純米大吟醸(精米度50%以下)と純米吟醸(精米度60%以下)の場合は米と麹のみが原料として使用されます。大吟醸(精米度50%以下)と吟醸(精米度60%以下)の場合は醸造アルコールが付け加えられます。

特定名称酒としては、他に純米酒(精米度に関しては規定なし)が挙げられ、米、水、麹だけで醸造されます。本醸造(精米度 70% 以下)の場合は少量の蒸留したアルコールが加えられます。普通酒は米の精米度に関して規定はありません。大吟醸酒は洗練され、上品な味であるのが通例で、それは米のエッセンスが凝縮されているからです。他方、吟醸酒はより力強い味で、本醸造は特定名称酒に加えられてはいますが、より単純で素朴な品質と味をもっているといえます。

丸尾総領事:
ワイン専門家は高級ワインを扱う際、味や香りを含む様々な感覚的要素を重視しますが、日本酒の場合もワインと同じなのか、それとも明確な違いがあるのですか。

デル・モネゴ:
私の考えでは、その点に関する違いは全くありません。まず重要なのが見た目であり、その日本酒が透明であるのか、あるいは濁っているのかを見極めなければなりません。純米大吟醸として生産され、かすかな濁りを示す日本酒もありますが、このような外見的特徴から品質や製造過程について多くの情報を得ることができます。ワインと同様に「香り」も非常に重要です。というのも、まず香りを感じ、そして飲み込むため、鼻も口と同様に「飲んでいる」といえるからです。だからこそ香りはその日本酒の質や純度を見極める上で非常に重要であるといえます。

香りと同様に味覚も大いに関係があります。味の領域においては、甘み、酸味、塩味、苦みという 4 つの味の要素が関係しているわけですが、日本酒の場合はもう一つ、美味でもあり、味覚の領域における快感要素でもある「旨み」が加わります。この「旨み」の要素はヨーロッパでは知られていませんが、日本酒を見極める上で非常に重要な要素です。というのも、日本料理はこの「旨み」という要素に基づいて成り立っているからです。


丸尾総領事:
貴方が書かれたワインに関する本で、「旨み」という概念に言及されています。「旨み」については、既に言及されていますが、読者の皆様に日本酒との関連で、更に説明していただけますか。


デル・モネゴ:
「旨み」は今世紀のはじめに、科学世界が味の概念の分析に本格的に取り組み始めるにあたって発見された味の要素です。「旨み」という名称は日本で生まれ、甘味や酸味、苦味でもなく、辛さでもない、さらには触覚における印象でもないものを表すものとして説明することができます。人はこの味覚的感覚が心地よさをもたらしてくれるものであるがゆえに、それを「旨み」と呼びます。

もし、一般的に言う「旨み」を表現するならば、一番良い方法は、グルタミン酸ナトリウムを水に溶かして香料または調味料として使ってみることです。もし私が料理にグルタミン酸を添えるならば、料理自体の香りが格段に引き立ちます。たとえばインスタントスープを例にとって考えてみると、グルタミンを全然加えないと何の味もしません。

グルタミンは薬局やグルメ食料品店で入手可能です。もし興味がありましたらグルタミンを水に溶かしてみて、「旨み」がどんなものであるのかを試してみては如何でしょうか。日本酒や醤油でも「旨み」は味わうことができますが。

丸尾総領事:
貴方は陶磁器にも精通しておられます。これまでお話しいただいたことを踏まえて、日本酒と陶磁器について何かお教えいただけますか。

デル・モネゴ:
私は陶磁器を魅力的な素材だと考えています。今日、私達がヨーロッパや日本で目にする食文化は陶磁器抜きにしては成り立ちません。ゆえに飲み物を入れる器として最適な陶磁器は、高い価値を持つのです。日本酒をグラスから飲むのか、あるいは伝統的な陶磁器から飲むのかには大きな違いがあります。陶磁器の場合には、陶磁器の淵の部分における、すなわち日本酒の味を知覚する舌の周囲における香りの流れがグラスの場合とは異なるものになるため、それに応じて味も異なる影響を受けます。上端の部分が上に向かって孤を描くように作られた杯を例に挙げるならば、この弧の部分が舌に向かって伸びることとなり、飲み物は自動的に舌の先端に届くのです。しかし日本酒が舌の先端部に触れると、まず第一に甘いという印象を受けます。日本酒の試飲のための伝統的な杯によく見られるような、直線型の淵をもつ陶磁器の場合、飲む際には淵をより深く傾けなければなりませんが、そうすることにより日本酒が舌の先端部の裏側に流れ、知覚される甘みの度合いは低くなることになります。日本酒を楽しむ際には、これらの点に注意する必要があるでしょう。

ところで、日本酒の試飲のための伝統的な杯には下部の内側部分に青い円(蛇の目)が描かれていますが、これは、ブルゴーニュ地方のワイン貯蔵庫にある、ワインの透明度を測るための溝と深さを有する銀のワイン鑑定杯と同様の役割を果たしています。同様に日本酒の試飲のための杯も、その描かれた青い円によって、飲み物が透明であるか濁っているかを教えてくれます。もし白い杯において青い輪が光っておらず、まるで牛乳のような印象を与える場合には、その飲み物は濁っているということです。日本酒をグラスで、特に先細りの形をしたグラスで飲む場合は、香りはより凝縮されたかたちで描き出されます。これはアルコールのもつ特徴が過度に濃縮されて感じてしまうという危険をはらんでいます。陶磁器はほとんどの場合、上に行くほど広がる形をしているため-少なくとも理論上は-温かい日本酒の場合でも-アルコールのクセが強調されすぎず、その結果、アルコールではなく、日本酒の香りを楽しむことができます。


写真:マルクス・デル・モネゴ氏と丸尾総領事

丸尾総領事:
ワイン通の人はワインと料理が理想的な関係にある場合、「マリアージュ」と呼びます。ヨーロッパ料理のうち、日本酒に組み合わせる料理として貴方が個人的にお勧めする料理は何ですか。


デル・モネゴ:
基本的に、日本酒にはあらゆる料理を組み合わせることができます。純米大吟醸について言えば過去に私達はいろいろと試してみました。「シルヴァーナと料理」をテーマに、私達は夕食会を主催し、シルヴァーナと一緒に食べた全ての料理に対して、日本酒を組み合わせてみました。試飲してみた結果、ワインと料理の組み合わせは、日本酒と料理の組み合わせと同じ原則に基づいていることが明らかになりました。つまり、如何にして甘味、酸味、塩味、苦味、そして「旨み」という要素を互いに調和させるかが重要となります。甘いものは甘いものの甘さを弱め、苦味と結びつき、酸味を中和します。「旨み」に対しては甘味は弱く働き、丸みのある、より心地よい味となります。ミネラルを含む塩味は甘味と密接な関係をもっており、酸、タンニンまたは苦い成分は相互に強め合う関係にあります。甘味は他の味を補完します。「旨み」に関しては、ともすれば単独ではマイナスの効果を及ぼす可能性もある苦味のあるものと塩味の強いものにも合わせられます。

例えば、ロブスターとオレンジの花を熱湯で一緒に煮る場合、私はロブスタ-の、内腿の柔らかい肉が花の香りと合わさるのを感じるのですが、純米吟醸酒はこの料理に、ある種の素晴らしい要素を付け加えてくれます。また例えば、干草のアロマをつけた子羊のもも肉の煮込みのような力強い料理にも合います。肉をとろ火で煮込み、肉を鍋から取り出して切る際には子羊の洗練されて、干草の柔らかな香りと合わさった味を感じるのです。この料理には大吟醸酒または吟醸酒がよく合います。というのもこれらの日本酒は、この料理と同じように花の香りを含むだけではなく、アルコールを含むことによってピリッとした風味を出しているからです。子牛や鶏肉のようなグリル料理に対しては、私は大吟醸酒、吟醸酒、または本醸造酒を合わせます。なぜならば肉を焼くときに出る香りに負けない、力強い香りが要求されるからです。

また、「ソース」を変えることによって多くの部分を調整することができます。例えば、ヤマドリダケのリゾットに合わせる熟成した日本酒を選ぶとしましょう。熟成した日本酒は「森の下草」(sous-bois)の香りをもちますが、この香りはキノコにもあるものです。 つまり、日本酒は多くの料理に合わせることができますが、私達には新たな組み合わせを試してみるだけの十分な勇気を持ち合わせてはいません。

丸尾総領事:
私達は、サラダやスープに合うワインはないと、ワインスクールで学んだのですが。


デル・モネゴ:
ワインはサラダに合いますが、その際気をつけなければならない原則があります。その原則というのは、料理とワインの酸度が同じだと酸味が倍になってしまうのに対し、料理とワインの酸味の強さが違っていれば、異なった酸味がバランスを取り合って調和の取れた味になるというものです。ですから、サラダドレッシングの酸味が強い時には口当たりの柔らかいワインが合いますし、その逆もまた然りです。

スープというテーマについても同様です。水っぽいものと水っぽいものは合わないということを、私たちは頭から信じきっています。しかしこれは必ずしも正しくありません。例えば、伝統的な組み合わせとしては、イングランドにおける透明なオックステールスープとシェリー酒の組み合わせが挙げられます。そしてこのシェリー酒の香りは、牛の骨を煮出すことによって得られる透明なブイヨンの「旨み」に素晴らしく合います。またオックステールスープに、シェリーの香りに似た香りをもつ、熟成した日本酒を合わせることもできます。


丸尾総領事:
日本酒の専門家になりたいという人に貴方はどんな助言をされますか。


デル・モネゴ:
私が日本の雑誌と出会い、私がそこでこなした仕事の多くが、後に利き酒師に志願するための試験だったということは、私にとって幸運な偶然でした。これらの偶然があったからこそ、私はこのような名誉な称号を受けることになったのです。 私の考えでは、もし日本酒の専門家になりたいのであれば、日本酒に対する興味のみならず、この飲み物と深い関わりをもつ文化全体に対して興味をもつことが重要です。 日本酒の専門家になるためには、一度日本へ行き、蔵元を訪れてみるのも役にたつでしょう。日本では日本酒に対する人々の興味はとても大きいため、私が日本にいた頃は日本酒醸造所の見学への道は常に開かれていました。

非常に重要なのは、日本酒を飲み物としてだけで見るのではなく、常に料理と組み合わせて見ることです。というのも、料理とともに、古来より日本酒は親しまれてきたからです。また、日本酒を様々な料理と組み合わせてみる際には、実験に対して喜びを覚え、積極的になることも非常に重要です。というのも、ある組み合わせは従来良いとされてきた料理との組み合わせを超えることで初めて意味をもつからです。今日、日本では人々は日本酒を日本料理のみならず、ヨーロッパ料理とも合わせて飲んでいます。

ワインまたは日本酒について、もっとよく知りたいというあなた方に、簡単なコツをこっそりお教えしたいと思います。人がグラスに飲み物を注いだ際、ラベルを観察し、関連する本を読みます。そうした本と飲み物の値段から人はその製品をよりよく知り、好奇心を覚え、他のものも試して見ます。このようにして人は自分自身の個人的嗜好について知ることができるのであり、他人の意見に追従するのではない、ヨーロッパにおいて「ゲシュマックス・ジッヒャー」 (Geschmackssicher) (確たる味覚を有する人)と呼ばれる人間になることができるのです。

丸尾総領事:
日本酒についてのみならず、文化や哲学にまでわたる、幅広い情報と興味深いお話をありがとうございます。現在忘れられつつある多くの文化を再び活性化させなければならないという貴方の主張に、私は心から共感致します。


 
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